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鳥取地方裁判所 昭和44年(ワ)126号 判決

原告 吉浦利博

原告・右法定代理人

親権者父 吉浦庚治

右法定代理人親権者母 吉浦弘子

右両名訴訟代理人弁護士 田中節治

被告 社会福祉法人どんぐり保育園

右代表者理事長 野村宗一

被告 山本貴美子

右両名訴訟代理人弁護士 梅谷光信

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告ら)

被告らは各自

原告吉浦利博に対し金二〇〇、〇〇〇円

同吉浦庚治に対し金一七〇、四九八円

及びこれらに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行宣言。

(被告ら)

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二、請求の原因

一、原告利博は交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時    昭和四二年四月一二日午後三時三五分頃

(二)  場所    兵庫県美方郡村岡町和田全但バス和田停留所前路上

(三)  加害車   普通乗用自動車(兵二す〇七九二号)

右運転者  訴外山本為治

(四)  被害者   原告 利博(昭和三六年四月二八日生)

(五)  事故の態様 道路を横断中の原告利博に折から走行して来た加害車が衝突した。

(六)  傷害    頭蓋骨亀裂骨折、脳内出血

二、帰責事由

(一)  被告保育園は園児の保育を目的として設立されたものであり、被告山本は保母として勤務し、園児の保護、監督指導に従事しているものであり、原告利博は同保育園にバス通園していたものである。

(二)  同園においては予て園児の退園に際して、被告山本において、同園前全但バス停留所から園児を誘導してバスに乗車させ、自らも同乗して同町和田停留所に到り、同所で更に村岡行バスに乗換させ園児の安全を確認して帰宅させることを常務としていた。

ところで本件事故当日、被告山本は常の如く原告利博等を前同町和田全但バス停留所において村岡行バスに乗換させようとしたのであるが、かかる場合、保母である被告山本は園児の動向、交通情況等に細心の注意を払いその安全を確かめたうえ誘導して安全に乗換をさせるべき注意義務があるのに漫然園児等が乗換のため道路を横断出来るものと軽信し誘導を怠ったため、バスを乗換えようと道路を横断すべく道路中央に進み出た原告利博が偶々同所を通過せんとして進行して来た加害車に衝突されたものである。

従って、被告山本は不法行為者として、被告保育園は右同人の使用者として各自原告らの蒙った損害を賠償する義務がある。

三、損害

(一)  慰藉料   二〇〇、〇〇〇円

原告利博は昭和四二年四月一二日から同年五月三〇日まで村瀬医院に入院し、その後浦富病院、鳥大附属病院に通院し、更に昭和四三年七月二四日から同年八月二日まで鳥大附属病院に入院した。

(二)  医療費    五二、二三三円

(三)  物品購入費  二六、七九〇円

(四)  交通通信費  二九、八七五円

(五)  看護料    六一、六〇〇円

以上(二)乃至(五)の合計一七〇、四九八円を原告庚治が負担した。

四、よって、被告らに対し原告利博は二〇〇、〇〇〇円、原告庚治は一七〇、四九八円及びこれらに対する訴状送達の翌日から右各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁と主張

一、請求原因一項(一)乃至(五)は認める。(六)は争う。同二項(一)は認める。(二)は争う。同三項は争う。

二、被告らの責任

被告山本は本件事故発生当時二才から六才位までの一三名の園児に付添い、全但バス和田停留所においてバスの乗換を誘導していたが、同時刻には村岡行、香住行、浜坂行、秋岡行の各方面に連絡接続するバスが同時に四台集中し、多数の乗降客で混雑しており、この中では一名の保母で一三名の園児全員に完全に眼をとどかせることは不可能であり、偶々他の園児の誘導に手をとられている間に本件事故が発生したからといっても被告山本の落度によるものではなく、過失の責を負わしめることは出来ない。

又、通園途中の園児の交通事故による損害につき付添の保母に責任を負わせる社会福祉事業法、児童福祉法その他の法令上の根拠規定はない。

次に、被告保育園は社会福祉法人で児童福祉法による「日々保護者の委託を受けて保育に欠ける乳児・幼児を保育することを目的とする施設」であるが、保母が園児の通園に付添う行為は事業の執行の範囲には属しない。

仮に該当するとしても、保母である被告山本に過失がないから責任はない。

仮にしからずとしても、被告保育園は被用者たる被告山本の選任及び事業の監督につき相当の注意をしており、又相当の注意をしても損害が生ずべかりきときに該当するから責任はない。

三、過失相殺

園児の通園途中の付添行為は親権者に一次的監護責任があり、二次的には親権者から代理監督の委任を受けた者にも責任があるが、親権者自身も依然選任監督責任を免れない。

原告利博は当時五才一一ヶ月の幼児であり、同人の過失を過失相殺に斟酌し得ないとしても親権者たる監督義務者の過失は過失相殺されるべきである。

四、原告ら及び訴外吉浦弘子は本件加害車運転手山本為治、運行供用者山陰道路株式会社を被告として、鳥取地方裁判所に父庚治が物的損害一七〇、四九八円、利博が慰藉料三〇〇、〇〇〇円、庚治、弘子は同各一〇〇、〇〇〇円の損害賠償請求事件(昭和四三年(ワ)第四五号)を提起したが、同事件の被告らが利博に対し三〇〇、〇〇〇円を支払うこと、その余の原告らの請求は放棄することで調停が成立した。

なお本件原告らには、前記事件の被告らから右の外に

村瀬医院治療費 一一七、一三六円

立替金      五〇、〇〇〇円

見舞金       五、〇〇〇円

が支払われている。

従って、本件事故による損害賠償請求権は消滅しているから同一の請求を本件被告らに請求する理由はない。

第四、原告らの答弁

原告利博が三〇〇、〇〇〇円を受領した事実は認める。

証拠≪省略≫

理由

一、請求原因一項(一)乃至(五)は当事者間に争いない。

二、傷害の部位・程度

頭蓋亀裂骨折、脳内出血

村瀬医院に昭和四二年四月一二日から同年五月三〇日まで四九日間入院、その後浦富病院、鳥取大学医学部附属病院に通院し、同四三年七月二四日から同年八月二日まで同附属病院に一〇日間入院した。

三、被告らの責任

請求原因二項(一)は当事者間に争いない。

原告利博は昭和四一年九月二〇日頃から被告保育園にバス通園し、往路は兄勝博(昭和三四年八月五日生、当時射添小学校通学中)と共に全但バス入江停留所で乗車しそのまま川会停留所で下車し、復路は被告保育園保母が同園近くの川会停留所まで送りバスに乗車させていた。ところが昭和四二年四月上旬の新学期からバスの運転系統が変更になり通園するには乗換を要することとなった。このため被告保育園保母らはバス通園の園児がバスになれるまでの間ということで、父兄の要望もあり、保母ら協議の結果被告保育園も了解のうえ昭和四二年四月六日の入園式の翌日から一〇日間原告利博ら入江・丸味・長板・和田方面に帰宅する一三名(うち長板方面で乗換を要しない園児六名、和田停留所で下車する園児三名、和田停留所から湯村・浜坂方面行バスに乗換する園児三名、同じく村岡方面行バスに乗換する原告利博一名)については保母一名が交替して送ることとした。

ところで、本件事故当日は被告山本が右一三名を帰宅させるべく川会バス停留所から園児らとバスに同乗し、和田停留所において長坂方面帰宅以外の園児を下車させたが、既に香住方面行バス、浜坂方面行バス、村岡方面行バスが到着しており同停留所は各方面への乗降客で混雑していたので、被告山本は三、四才の年少者の手を取って降車させ、自分の傍を動かないようにしなさいと言い付け、最初に発車する村岡行バスに原告利博を乗車させようとあたりを探したが見当らないので待合所等まで同人を探したが、同人は一人降車したバスの後方から村岡行バスに乗車しようと道路を横断中、折から進行して来た加害車に衝突された。

してみると、被告山本の引率行為は被告保育園の事業と密接に附随するものであって、なお同被告の事業の範囲内にあるものというべく、又、被告山本は保母として園児を交通事故から護るため園児らが自己の周囲を離れないよう充分配慮し、監護すべき義務があったというべく、若し、同人が園児一人一人を確認して下車させ、原告利博ら年長組の園児にも自分の傍から離れないようにいい聞かせるなどの措置をとっていたなら事故の発生を防止し得たであろうのに年少園児のみに気を奪われて叙上の措置に出なかったのであるから、被告山本の監護につき過失があったもので、右過失は本件事故発生の一因をなしたものと認めるのが相当である。

そして、被告山本の過失により本件事故が発生した以上使用者たる被告保育園に監督上の過失がないとはいえないというべきである。

ところで、原告利博は当時満六才にわずか一六日足りない者であるところ、既に半年間にわたりバス通園を経験していたものであるから、日頃保育園乃至家庭で交通の危険について充分訓戒されており交通の危険について弁識する能力を有していたものと推定できるから原告利博にも本件事故の発生につき過失相殺すべき程度の過失が存したものというべきである。そして諸般の事情に照らせば同原告の過失は一割五分を下ることはないものと認められる。

四、損害

(一)  慰藉料     三〇〇、〇〇〇円

本件事故の態様、傷害の部位・程度、治療の経過(村瀬医院退院後の通院・入院は治療よりむしろ検査に比重が置かれている)、年令等諸般の事情に照らし、慰藉料は右金額をもって相当と認める。

(二)  医療費      四七、八〇一円

村瀬医院の治療費は訴外山本為治、同山陰道路株式会社において支払ずみであることは原告らの明らかに争わないところである。

(三)  物品購入費    二〇、三一〇円

氷代        二、六一〇円

その他の雑費   一七、七〇〇円

入院期間五九日中一日三〇〇円の雑費を要したものと認める。

原告庚治主張の昼食代は本件事故と相当因果関係ある損害とは認められない。

(四)  交通通信費    二九、八七五円

(五)  看護料      三四、三〇〇円

入院一日当りの看護料は五〇〇円、通院一日当りの看護料は三〇〇円と認めるを相当とすべきところ、入院日数は五九日、通院日数は一六日と認められる。

(六)  村瀬医院治療費 一一七、一三六円

結局、原告らの全損害は右合計五四九、四二二円となるところ、原告らが被告らと共同不法行為者の関係に立つ訴外山本為治、同山陰道路株式会社から三〇〇、〇〇〇円の支払を得た事実は当事者間に争いなく、又更に同人らから村瀬医院の治療費一一七、一三六円、立替金五〇、〇〇〇円、見舞金五、〇〇〇円の支払を得たとの被告らの抗弁につき原告らは明らかに争わないのでこれを自白したものと看做すべく、右によれば原告らは前記訴外人らから合計四七二、一三六円の支払を得たことになる。

ところで、右認定の損害額につき前記認定の割合による過失相殺した額と右損害填補額とを比較すれば、加害者らが負担すべき賠償額は前記訴外人らによる支払により既に填補され本件被告らの負担すべき金額は存しないこととなる。

してみると、本訴請求は結局理由がないことに帰するからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅納一郎)

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